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スタッフブログ

2020年10月7日

ルールを思う

こんにちは。

シナジーデザインの阿部です。

前回割とギークな話をしたので、今回はもうちょっと一般的な話をしようかなと思います。

 

堅そうな話だな…

と思われそうなので、長めの前置きを。

 

前髪が眉毛にかかってはダメな高校

僕の出身校、校則が厳しいことで有名な所でした。

 

前髪が眉毛にかかってはダメ

色付きのスニーカーはダメ

カラオケダメ、喫茶店ダメ、ゲーセンもダメ…

全然面白くなかった。

 

それならばと

長い前髪を立てて通学したところ

体育教官に見つかり、職員室で土下座で謝罪させられた記憶があります。

押さえつけられた、惨めな感じが強く残っていて

ルール => とりあえず嫌い と思ってきた人間です。

 

ルールに守られている

話がガラッと変わりますが

今は、ルールに守られていると思っています。

 

例えば

「赤信号の時は止まらないといけない」というルールには、

安全な交通を守ってもらっています。

もし信号が存在しなければ

交差点を渡るたびに周りを見渡さないといけないし

交通事故にあう確率が増えるはず。

 

他にも

「MTGは事前に申請しないといけない」というルールには

自分のスケジュールを守ってもらっています。

もしいつでもMTGし放題であれば

自身のスケジュールは崩壊。

タスクの遂行がより難しくなるはず。

 

守るのが面倒なルールでも、

「そのルールが守っている何かを壊す権利が自分にあるか?」

そう考えると、割とルールを順守するようになりました。

 

 

ルールを守ること自体に意義がある

守らなくても直ぐに実害が出ないルールは存在します。

こんな小さいこと…と思う気持ちも分かります。

 

ただ、

ルールを1つでも破ってしまうと、歯止めが効かなくなります。

「あれもOKならこれもOKだろう」

「これもOKならそれもOKでしょ」

という具合で、守らないルールがどんどん増えていく。

そのうち、絶対に守らないといけないルールを破ってしまうんだろうと思います。

 

もっと言うと

「あの人が守ってないんだから自分もいいだろう」

と他人に思わせる可能性もあります。

 

例えば

さっきの赤信号の話。

自分は赤信号を上手く渡れたとしても

それを見た近くの子供が「ぼくも真似してみよう」と思ったら、これは危ない。

 

だから、

ルールを守ること自体に

「ルールを守らなかった」という前例を作らない という

意義があるんだと思います。

 


 

冒頭の前置きと比べて

丸くなっただけ って思われるとマズいんですが、

そこを修正しようとすると本題からズレちゃうので、やめておきます。

 

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